東京オートサロン2023 ブリヂストン トークショー 佐藤琢磨選手×イゴール・フラガ選手【後編】

2023年1月14日に「東京オートサロン」のブリヂストンブースで行われたトークショーの後編をお送ります。2010年から「インディカー・シリーズに」参戦し、2017年には「インディ500で優勝」を果たした佐藤琢磨選手。「eモータースポーツ」のトップ選手でありながら、リアルのモータースポーツでも活躍するイゴール・フラガ選手。そして、司会を務める“走るDJ”ピストン西沢さんが、モータースポーツについて語り合います。

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佐藤琢磨選手(以下、佐藤):フラガ選手はF3の経験はお持ちだけれど、初めてスーパーフォーミュラに乗って、首は大丈夫だった?
イゴール・フラガ選手(以下、フラガ)
:FIA F3に出場して以降、2年間レースに出ていなかったので、久しぶりの本格的なレーシングマシンでした。さすがにまずいなと思ったので、首の回りにしっかりパッドを詰めてもらってGに耐えられるように準備して走りました。
佐藤:
いまのスーパーフォーミュラは4Gもかかるからね。体重の4倍がのしかかる!
ピストン西沢さん(以下、西沢)
:鈴鹿サーキットでテストしたそうだけど、1コーナーってアクセル全開で入るんでしょ。
フラガ:はい全開ですね。イン側の縁石が終わったあたりで少しブレーキングします。
佐藤:ぼくがF1で走っていた頃と同じ。きっとコーナリングスピードは変わらないんだろうと思います。つまり、スーパーフォーミュラは当時のF1と同じレベルで戦っているんですね。シミュレータで走っているのであれば、何度もトライするなかで少しずつ慣れてきてうまくクリアできるようにレベルアップするんだろうけれど、リアルの世界では恐怖心が先に立ってアクセル踏めないでしょ。
フラガ:そうなんです。イケると頭では理解していても簡単ではありません。踏み抜けるのか、緩めるのかの判断がより難しくなります。

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佐藤:鈴鹿のS字の最後、デグナーに向かうところで右に曲がっていくんですが、縁石が見えないんですよね。だからマシンが身体の一部のような感覚になっていないと攻めきれず、アクシデントにもつながります。クルマとの一体感が非常に繊細な領域で必要なこういった場面でのドライブフィールも、シミュレータでは体験しにくい部分だと思います。
フラガ:あそこは難しいですよね。うまく走るには経験も必要だと思います。
佐藤:興味深いのは、エンジニアもそういった難しいセクションに的を絞ってセッティングすること。鈴鹿の逆バンクではスプリングをしなやかに動かし、しっかりとグリップさせて、そのあとでスピードがのったときはカチッと動きを抑え安定感が増して踏んでいけるように仕上げるんですが、これをスプリングの交換ではなくバンプラバーで調整するんです。

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西沢:そういったセットアップには経験やノウハウが欠かせないのだろうけれど、トライアンドエラーを繰り返して少しずつ理想に近づけていくという作業も必要でしょう。そんな気の遠くなるような労力を軽減することにも、シミュレーション技術は役立っているようですね。
フラガ:そうですね。ハイエンドのシミュレータは膨大なデータを持っているので、リアルのモータースポーツにおけるマシンセッティングを補うシステムとしても便利なツールになると思います。ジオメトリーを煮詰めていくには時間とお金がかかりますが、その節約につながります。
西沢:ぼくもそうだし、モータースポーツを楽しまれている多くのみなさんが、「30分の走行枠のなかでセッティング変更すると、2周しか走れなかった」なんて経験をお持ちだと思いますが、バーチャルをうまく融合させればリアルの世界をもっと豊かにすることもできそうですね。
佐藤:チームやマニュファクチャラーのシミュレータは、「コラレーション」と言われる現実とバーチャルな世界をつなぐ「かけ橋」、つまりどれくらい同じような感覚で走ることができるかというところにすごく時間をかけます。ここにこだわらないと意味がないんです。例えばシミュレータでは、サスペンションの取り付け剛性まで変えることができます。少しずつ変えていくと、だんだんリアルなクルマのフィールに近づいてくる。そうやって時間をかけながら差をなくしていくんです。
西沢:人間がどういうふうに感じているのかとすり合わせる。そしてこういった鋭い感覚を持っている人がチューニングしていくということが大事なんでしょうね。
佐藤:これは重要ですね。


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西沢:ULTIMAT EYE(アルティメットアイ)というブリヂストンの独自技術があるんですが、これはタイヤ開発時にシミュレーションとタイヤの現物の計測を繰り返し行うことで、タイヤ解析のさらなる精度向上を図るものなんです。
実際には見ることができない走行中の接地をシミュレーションによって、グリップや摩耗の進行なども確認できたりするのですが、それだけではわからない実走行状態でのタイヤの挙動を再現し可視化することと組み合わせることで精度が上がるんですね。バーチャルとリアルのすり合わせって、タイヤ開発でも大きなポイントみたいですよ。
このようにモータースポーツにおいてもバーチャルとリアルが密接なつながりを持っていることがおわかりいただけたと思いますが、インディカーもeモータースポーツへの取り組みを行っていて、「インディカー公式eスポーツイベント」というのがあるそうですね。
佐藤:コロナ禍でスタートしたんですが、どんどん進化していて来年にはゲームも発売されるようです。ぼくも顔や全身など3Dで撮影しましたよ。
西沢:そのゲームをプレイすれば、琢磨選手になってインディを走ることができるわけですね。
佐藤:たぶん、そういうことだと思います。まずチームと契約するところから始まったりして・・・
西沢:それは気が重いなあ。
佐藤:スポンサー集めもしなければいけなかったりして(笑)

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西沢:ところでインディカーに参戦してから何シーズン目ですか。
佐藤:13シーズンを終えて、もう200戦を超えました。
西沢:すごいキャリアですよね。インディカーは経験が大きくものを言うと思うんですが、シミュレータで練習するのは大きな効果がありますか。
佐藤:モータースポーツのスキルアップにおいては、いろいろなカテゴリーのマシンに乗ることが大事だと思いますね。それが手軽にできる点においてもeモータースポーツは魅力的ですね。
西沢:インディカーならではのオーバルコースの練習って、リアルの世界ではなかなかできないんじゃないですか。
佐藤:確かにそうなんですが、北米ではダートのオーバルコースが小さな田舎町にもあったりするんです。そこでバギーや4駆のレースを開催していて、以前はそういったところからオーバルコースに慣れ親しんできた選手がステップアップして、インディ500まで上り詰めるということがあったようです。以前ぼくのボスだったレジェンドドライバー A.J.フォイトも、まさにそんな人物でした。いまはF1と同じようにヨーロッパから来た選手が多かったりしますが。
西沢:アメリカのモータースポーツも奥が深いですね。デモリション・ダービーなら出場できるかな。
佐藤:大丈夫ですよ(笑)
西沢:ポカンとしている方も多いようですが、デモリション・ダービーっていうのはクルマをぶつけ合って最後まで動くことができたら勝ちの競技。フラガ選手、やってみる?
フラガ:いやぁ、遠慮しておきます。

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西沢:さて、フラガ選手に聞きたかったことがもうひとつ。eモータースポーツを経てリアルのモータースポーツにチャレンジするドライバーも出てきていますが、その場合には何が大事ですか。
フラガ:そうですね、ひとつのシミュレータやゲーム、マシンにこだわらずに、幅広く経験を積むことが大切じゃないかと思います。そうすると、ドライビングスキルにおいても引き出しが多くなりますよね。これが大きな財産になって、リアルのモータースポーツでも応用が利くようになると思います。
佐藤:そういう意味合いに通じるかと思いますが、ワンポイントアドバイスしてもいいですか。タイムを縮めるためのポイントはブレーキングだってよく言いますよね。確かにそうなんですが、多くのドライバーができるだけ奥まで、ぎりぎりまでブレーキ踏むのをガマンしちゃう。でもそうじゃなくて、いちばん大事なのは「ブレーキのリリース」なんです。

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西沢:どういうこと? 教えて、詳しく教えて。
佐藤:ブレーキングが遅れてしまいエイペックスにつけなかったら、コースアウトしてマシンを壊してしまうかもしれません。だから踏み始めるのを遅くするのではなくて、踏んでからリリースするポイントをどんどん早めるんです。そして、どの程度ブレーキを残してマシンの向きを変えるのかということは、eモータースポーツでもリアルの世界でも一緒。なぜかと言うと、シミュレータにはちゃんとしたタイヤモデルとビークルダイナミクスに則った物理モデルが構築されているからなんです。
西沢:なるほど。
佐藤:ということは、このすごく大事なブレーキングの練習をシミュレータでできるというわけ。いかにリリースを丁寧に繊細に行うかで、ラップタイムは大きく変わってきますよ。
西沢:シミュレータで練習する際には、ペダルをしっかり固定するといった点も大事でしょうね。
佐藤:できればペダルは、ストロークで加減を伝えるタイプではなくて、感圧式のほうがいいと思いますよ。
フラガ:そうですね。ブレーキタッチがすごくよくわかりますね。
西沢:サーキットを走られる方にはとっておきのアドバイスだったと思いますが、さて次に進みましょう。来場者のみなさんにフラガ選手と琢磨選手への質問を選んでもらうという企画で、3つ用意した質問のなかからスマホを使って選んでいただきます。いちばん投票数の多かった質問に答えてもらいますので、みなさんモニターに映しだされたQRコードを読み込んで選んでくださいね。

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西沢:質問の候補は、「いままで乗ってきた愛車のなかでいちばんのお気に入りについて」、「いまいちばんほしいクルマやパーツ」、「自分のチーム以外で注目しているチームや選手」の3つですが・・・ハイ、ここで終了、決まりましたね。お気に入りの愛車のお話になりました! まずフラガ選手、どんなクルマに乗っているの?
フラガ:いや、持っていないんです。ずっと家にあるクルマに乗ってました。
西沢:いま買うとしたら、何がほしいんですか。
フラガ:スズキ カプチーノですね。
佐藤:お〜、面白いところ突いてきましたね。
西沢:琢磨選手はNSXも持ってらっしゃいますが、ほかには?
佐藤:ホンダ ビートがあります。カプチーノとビートだと、因縁対決って感じですね。
フラガ:小さいクルマっていいですよね。
佐藤:そうそう、楽しいんです。めいっぱい使い切る面白さみたいなものを感じます。
西沢:シビックもお好きですよね。
佐藤:EG6、タイプRに乗っていました。1.6リッターのVTECってサイコーじゃないですか。ビートもシビックもエンジンを回して走らせるクルマですよね。

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西沢:インディカーってどれくらいがレブリミットなんですか。
佐藤:12000回転くらいですね。でもバイオ燃料なんですよ。サトウキビの廃棄物からつくられる100%サスティナブルな第2世代エタノールを今年から使用します。パワーもしっかり出ています。
西沢:モータースポーツって環境性能も含めてパフォーマンスを向上するために技術開発を行い、さまざまなチャレンジをしていく場でもあるんですよね。
佐藤:インディカーが使用しているタイヤはブリヂストンのグループのファイアストンですが、カーボンニュートラルにも寄与するグアユールという植物由来の天然ゴムを使用してつくられています。そしてこのタイヤもパフォーマンスはこれまでと何ら変わりません。ブリヂストンらしい取り組みですね。


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フラガ:コンペティティブな世界で磨き上げていくと、テクノロジーってより速いスピードで進化しますよね。
佐藤:確かにそう。コンペティションがあるって、いろいろな意味で大事なことなんだと思います。
西沢:最後にお二人に、eモータースポーツとリアルなモータースポーツはこれからどうなっていくのか、そして自分自身はどうか変わっていくのか、聞いてみたいと思います。まずフラガ選手はいかがでしょう。
フラガ:どちらにも魅力があって、この2つは並び立つ存在でいいのではないかと思います。ぼくはその両方のいいところを知っているドライバーとして、どちらも盛り上げていきたいですね。そしてふたつをつなげる役目も果たしたいですね。これからのチャレンジを応援していただければ、とてもうれしいです。

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西沢:琢磨選手には最初のテーマに立ち返って、日本のモータースポーツに関わる若い人たちを世界へ!というような牽引役も期待してしまうのですが。
佐藤:スクールでもいろいろとアドバイスさせていただいていますが、ヨーロッパではチャレンジしている若手が育ってきました。今後は北米でもそういった例が多く見られるように力を尽くしたいですね。北米で走ってみたいという思いを抱いているドライバーはたくさんいるので、その夢の実現に向けてがんばっていきたいと思います。また、eモータースポーツの可能性にも注目しています。モータースポーツに接しやすい環境づくりにも関わっていきたいですね。
西沢:お二人それぞれの成績にも期待していますが、広い視野でモータースポーツを見たときの活躍も楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。

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