卓越したドライビングセンスで一気に世界最高峰のF1へステップアップしていった高木虎之介の速さには際だつものがあった。

 ブリヂストンは、国内モータースポーツのリーディングカテゴリーであるフォーミュラ・ニッポンの船出に際して、その初年度からシリーズパートナーとして名乗りをあげてシリーズの振興に協力することとした。
 フォーミュラ・ニッポンの初年度は、ラルフ・シューマッハ選手とチームメイトの服部尚貴選手が最終戦までもつれ込むチャンピオン争いの末にシューマッハ選手が劇的なチャンピオン獲得という結果となった。この年もブリヂストンユーザーは全戦で優勝を果たしている。"日本一速い男"と異名をとるベテランの星野一義選手は初戦で優勝、チャンピオン争いにも絡むという展開の末にシリーズ3位で終えている。星野選手は、国内トップフォーミュラにおいて、23年間で39勝、6度のシリーズチャンピオン獲得という輝かしい戦績を残し、1996年をもってこのカテ

ゴリーから引退することとなった。また彼は、ブリヂストンのフォーミュラカーレース用タイヤと共に歩み、その開発の中心となってきたドライバーであり、彼の存在無くしてブリヂストンは現在のポジションを築くことはできなかった。

国内トップフォーミュラに
ワンメイクタイヤ供給開始
 シリーズにとっても、そしてブリヂストンにとっても大きな変化となったのが1997年からのタイヤワンメイク化だ。シリーズの統括団体は、厳しい経済環境の中、タイヤの安定供給と資金調達を目的にタイヤワンメイク化の方針を打ち出し、各タイヤメーカーに導入を打診してきた。これに対してブリヂストンは、国内トップフォーミュラへのタイヤ供給は継続するべきという考えから入札に臨み、結果としてブリヂストンが

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