BRIDGESTONE MOTORSPORT 1999-2003
FORMULA ONE IRL INDYCAR / CART MOTO GP
FORMULA NIPPON JGTC F3 / NATIONAL FORMULA KART GYMKHANA DIRT TRIAL / RALLY
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■フォーミュラ・ニッポン
1997年からブリヂストンはフォーミュラ・ニッポンへのワンメイクタイヤ供給を続けている。
2000年に全10戦中8勝をマーク、チャンピオンに輝いた高木選手(左)と中嶋監督。
2002年、チャンピオンのラルフ・ファーマン選手は最高峰のF1へ旅立った。
F1への登竜門となっている
フォーミュラ・ニッポン


 フォーミュラ・ニッポンは、国内フォーミュラカーレースのトップカテゴリーである。1995年までは、搭載する3000ccのエンジン排気量から〈F3000〉というカテゴリー名称だったが、1996年以降は名称を変え新生フォーミュラカテゴリーとして活動を続ける。同じエンジン排気量のマシンを用いヨーロッパ各国を転戦するシリーズが展開されているが、このクラスのフォーミュラカーレースが単一国内で行われている例は他にない。
 そして、フォーミュラ・ニッポンと旧F3000シリーズは、もっともF1に近い高度なコンペティションが展開されるレースである。それを裏付けるように、これまで多くのドライバーをF1へと輩出している。日本人では中嶋 悟選手、鈴木亜久里選手、片山右京選手、中野信治選手、高木虎之介選手。外国人ドライバーでは、フォーミュラ・ニッポン初代チャンピオンのラルフ・シューマッハ選手、ラルフ・ファーマン選手など多くがF1へステップアップしていった。現在ブリヂストンとともに毎年F1チャンピオンとなっているミハエル・シューマッハ選手も、日本でブリヂストンタイヤを履き唯一F3000に参戦している。
 ブリヂストンは、国内トップフォーミュラレースの最初の年、1973年からおよそ30年にわたりタイヤを供給。1997年からはフォーミュラ・ニッポンにワンメイク供給を行って現在までサポートを続けている。70年代序盤、レーシングタイヤ開発の黎明期から積極的にサポートを続けてきたこのカテゴリーは、ブリヂストンのレーシングタイヤの歴史になくてはならないものであり、高度な技術がこのカテゴリーで積み重ねられてきた。
TEAM IMPULは、2003年にフォーミュラ・ニッポンで初のチームチャンピオンとなった。ドライバーは本山選手。 2003年のチャンピオン獲得で、通算3度目のフォーミュラ・ニッポン王座に輝いた本山選手。
2003年から車体がローラのワンメイクとなり、ドライバーの力量がさらに問われるようになった。 2003年にレースの走行距離が延ばされ、給油が義務づけられる。給油タイミングの戦略が勝敗を左右するようになり、レースの面白みが増した。
 
  ドライ用フロントタイヤ。
サイズ:225/55R13。
フォーミュラ・ニッポンは1997年からタイヤワンメイク化された。
ドライ用リアタイヤ。
サイズ:340/620X13。
フォーミュラ・ニッポンのリアタイヤはF1より太いサイズが使われている。
ウェット用浅溝フロントタイヤWEDS。
サイズ:215/55R13。
2002年まで使用された。
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