クルマ好きが心待ちにしているカスタムカーの祭典「東京オートサロン」。2023年は1月13日(金)〜15日(日)に開催され、ブリヂストンも出展しました。2023年はブリヂストンがモータースポーツ活動をスタートさせてから60周年の節目を迎えたメモリアルイヤー。1963年に行われた第1回日本グランプリへの参加以来、ブリヂストンはモータースポーツ活動を通じて「走るわくわく」を支えてきました。
今年のオートサロンブースはそんなモータースポーツ色を全面に押し出した展示が印象的。POTENZAブランドのタイヤがずらりと並び、全日本GT選手権やSUPER GTの歴代チャンピオンマシンが会場に花を添えました。そして開催期間中にブリヂストンブースで大きな注目を集めたのが、1月14日に行われた佐藤琢磨選手とイゴール・フラガ選手によるトークショーです。
佐藤琢磨選手は、日本人初のイギリスF3王者となるなど欧州で活躍。2002年から2008年までF1で戦い、2010年から「インディカー・シリーズに」参戦。2017年には「インディ500で優勝」を果たすなど、輝かしい戦績を持つレーシングドライバーです。
一方、イゴール・フラガ選手は、「FIAグランツーリスモ選手権」の初代王者で、「TOYOTA GAZOO Racing GT Cup GRAND FINAL 2022」でもチャンピオンに輝いた「eモータースポーツ」のトップ選手ですが、FIA F3に参戦するなどリアルのモータースポーツでも活躍しています。
そして司会を務めたのはピストン西沢さん。テレビやラジオ番組のほか、雑誌、ネット媒体などにも多数出演する人気DJで、モータースポーツにも積極的に参加し数多くのレースで優勝経験を持っています。
さまざまなキャリアを積んできたドライバーがモータースポーツの世界で活躍している現在のモータースポーツ、そしてeモータースポーツを含めた新しいモータースポーツの未来について、話は大いに盛り上がりました。
ピストン西沢さん(以下、西沢):今日は、佐藤琢磨選手とイゴール・フラガ選手にお越しいただきました。琢磨選手、遠いところお越しいただきありがとうございます。ご自宅から日本まで何時間くらいかかりましたか。
佐藤琢磨選手(以下、佐藤):いまはインディアナポリス(アメリカ インディアナ州)に住まいがあるんですが、20時間くらいでしょうか。今日はよろしくお願いします。
西沢:フラガ選手はブラジルが生活の拠点なんですか。
イゴール・フラガ選手(以下、フラガ):以前はブラジルで過ごしていましたが、去年の8月に日本へ引っ越してきました。だから今日は、幕張メッセまで1時間ほどでしたよ(笑)
西沢:そうなんだ。国籍はブラジルですよね。
フラガ:ブラジルが母国ですが、生まれ育ったのは金沢なんです。
西沢:それで日本語が上手というか、普通に話せるんだ。日本のこともよくわかっていますよね。今日はeモータースポーツとリアルのどちらも知っている立場から、面白いお話を伺えればと思っています。
フラガ:はい、よろしくお願いします。
西沢:さて、それでは話を進めましょう。琢磨選手のように、世界へ飛び出していって活躍する選手がたくさん出てくれば、日本のモータースポーツシーンはもっと楽しく、もっと豊かになると思うんです。けれど、そう簡単にはいかないのが現実。そのためには何が必要なんでしょうか。
佐藤:モータースポーツの未来を語るには、なかなか重いテーマですね。
西沢:しかし、逃げちゃいけない部分ですよね。
佐藤:フラガ選手は、子どもの頃にモータースポーツに触れたことがあって、一時期は遠ざかっていたけれどグランツーリスモなどeモータースポーツでの活躍をきっかけに、再びリアルの世界へ戻ってきたと聞いています。これは子どもたちや若い人たちに、とても勇気を与えるチャレンジだったのではないかと思うのですが。
西沢:なるほど、eモータースポーツがリアルなモータースポーツへの道を拓いてくれたわけですね。ところでフラガ選手がグランツーリスモを極めようとしたのは、リアルのモータースポーツでも役に立つと思ったからなんですか。それとも、ただ楽しくて遊んでいただけなの?
フラガ:3歳くらいの頃だったと思うんですが、両親はモータースポーツの道に進ませたくてカートに乗せようと考えていました。その入り口として、当時リリースされたばかりのグランツーリスモ3とハンコン(ハンドルコントローラー:ステアリングとペダルがセットになったレースゲーム用のコントローラー)を購入して、まずはアクセル、ブレーキ、ステアリングの操作を覚えたんです。
西沢:カートに乗るための練習として始めたんですね。
フラガ:現在のシミュレータのような優れた再現性はまだありませんでしたが、それでも楽しくてワクワクしながらのめり込んだのを覚えています。
佐藤:じつはぼくも初代のグランツーリスモをプレイしてました。でもハンコンなんてなかったから、コントローラーの十字キーを使って走ってましたよ。それでも面白くて、一晩中やってたっけ。
西沢:私もやりましたね。奥の縁石とかがはっきり見えなくて、ビックリするほど乗り上げちゃったりして・・・
佐藤:そうなんだけど、ファミコンのF1ゲームをプレイしてきた者にとっては、グラフィックも含めて夢のようでしたね。初代以降は自転車競技を始めたりしたから、ほとんど触れていないので、その後はシミュレータによるeモータースポーツとはあまり縁がありませんでした。
西沢:けれど数年前の東京オートサロンで、インディカーのシミュレータを見事に乗りこなしていましたよね。
佐藤:それなりには走らせられますけれどね(笑) とは言え、その道のプロはもっとすごいですよ。それに最近の若いレーシングドライバーは、本格的なシミュレータの筐体を持っていて、それを活用して練習していますね。リアルのモータースポーツって、そう簡単には練習できないじゃないですか。サーキットに行かなければならないし、マシンも用意する必要がある。毎日走るなんて無理だけど、シミュレータなら家にいながらにして気軽に練習できるわけです。
西沢:確かにとても有効な練習方法ですが、「違い」ってないんでしょうか。
佐藤:ぼくもそこがすごく気になるので、フラガ選手に聞きたかったんです。フラガ選手は先日スーパーフォーミュラのテストにも参加されたそうですが、モニターと現実世界では視覚による情報の受け取り方が違うし、身体が受けるフィーリングだってリアルとシミュレータでは差があると思うんだけれど、そこのところはどう感じていますか?
フラガ:大きな差がありますね。体感的なスピードやクルマの挙動の感じ方も違います。それともうひとつ「恐怖感があるかないか」、これが大きいと思います。
佐藤:シミュレータの場合、例えばステアリングを切れば、それに対するフィードバック、そしてその場面のヨーだけしか感じられない。けれどリアルの世界では、それに伴って強烈なGフォースが加わるわけです。これも大きいんじゃないかな。
西沢:これまでのクルマは、ステアリングにつながるシャフトがあって、ギヤやラックを介してタイヤを動かしていたけれど、いま広まりつつあるのが「ステアリング・バイ・ワイヤ」。メカニカルな部品ではつながってなくて、電気信号で伝達していくシステムです。そういう点においては、クルマってどんどんゲーム化していくと言えるのかもしれませんが、レーシングマシンも同じ方向に進んでいくのでしょうか。
佐藤:それについては難しい部分があります。モータースポーツの世界では、ドライビングを補助したりアシストするシステムを「ドライバーエイド」と言いますが、イージーモード化が進めば行きつくところは自動運転です。それではドライバーが運転して競い合う必要がなくなってしまいますね。
西沢:人がコクピットに収まる限り、アナログな部分は残るということですね。そうそう、琢磨選手はレトロな愛車をお持ちですよね。ギヤは何速でしたっけ。
佐藤:4速です(笑) 最新のハイパフォーマンスカーも楽しいと思いますが、根っからのクルマ好きなので、3つペダルがあって、電子制御が介入しないプリミティブなクルマは、とても魅力的だなと思うんです。
西沢:クルマと人との一体感ということを第一に考えると、そこに優れた親和性を見いだせるのかもしれませんね。
佐藤:そういう点では、パワステもないほうがより繊細に情報を把握できます。とても快適な装備ですが、タイヤがいまどういう状況にあるのかといったステアリングからのフィードバックは、ノンパワーのほうがはっきり伝わってきます。操舵力が変化するので、空気圧低下がわかりやすかったりもするんですよ。
西沢:パワステがないと力が要るけれど、モータースポーツには優れた筋力とか心肺機能、そして強靱な精神力が、ほかのアスリートと同じように必要になりますよね。そこが「スポーツ」たる所以でしょうか。
佐藤:クルマってA地点からB地点までラクちんに移動できるのが魅力ですよね。でも、モータースポーツはまったく異なる世界です。ぼくらは1回レースすると、体重が3kgぐらい減っちゃいます。汗もかきますが、例えばコーナーに入ったときには心拍数が190くらいまで上がります。それを2時間、3時間と続けるわけですから、紛れもなくスポーツで、身体を鍛えなければ戦えません。厳しい世界です。
西沢:2022年11月に開催され、フラガ選手も出場した「グランツーリスモ ワールドシリーズ 2022 ワールドファイナル」を観戦したんです。世界のトップ選手が集結している大会を見ていてとても興味深かったのが、フラガ選手のように身体を鍛えているドライバーと、ごく普通の体格の参加者が入り交じって競い合っていること。みな同じ土俵で戦っているわけです。見ている限りでは、精神力、闘争心、集中力も変わらないように感じました。
つまり、eモータースポーツの世界では、年齢、性別、そして体力に関係なく“佐藤琢磨”と対等にバトルができるんです。スキルアップすれば勝てるかもしれない。これって、とても夢があることだと思うのですが。
佐藤:ぼくもそこにはeモータースポーツの大きな可能性を感じます。小学生とベテランドライバーが本気で戦うことだってできるようになるし、同じプラットフォームを用いれば、地球の裏側のエントラントともレースを楽しむことができます。けれどリアルのモータースポーツには、そこでしか味わうことができないものがあるのも確かで、それこそこだわり続けていきたい部分でもありますね。【後編続く】