BRIDGESTONE F1活動14年の軌跡
  • ブリヂストンのF1チャレンジはこうしてはじまった
  • ブリヂストンF1スタッフ歴戦の記憶
  • 内外の関係者が語る、F1活動の意義 F1参戦がもたらしたもの
  • 参戦年表
  • テクノロジー&レギュレーション
  • テクニカルデータ&メモ
  井出選手

ブリヂストンは妥協を許さぬ完璧な
仕事で世界中から信頼を集めていた

当時:スーパーアグリF1チーム ドライバー / 現在:SUPER GT、フォーミュラ・ニッポン ドライバー

井出 有治

レーシングカートから国内の四輪カテゴリーへとステップアップし、2006年に日本生まれのF1チーム、「スーパーアグリF1チーム」から念願のF1デビューを果たした井出 有治選手から、当時の思い出やブリヂストンについての想いなどをうかがった。キャリアスタートの時期からブリヂストンとともに歩んできた井出選手の目に、「世界」でのブリヂストンとは、どのように映ったのだろうか。




F1に参戦することは、僕にとって文字通り子供の頃からの「夢」でしたから、ずっと一緒にレースをしてきたARTA(AUTOBACS RACING TEAM AGURI)を率いる鈴木亜久里さんの下でF1に参戦できると決まったときは、本当に嬉しかったです。努力をすれば夢は必ず叶うのだということを、身を以て知ることができた瞬間でした。


スーパーアグリF1チームができた当初は、いくつもの大手自動車メーカーがワークス体制でレースをしていました。僕たちはそれと対照的に、本当に限られた予算や体制の中でF1に参戦していたのです。もちろん、苦しいことはたくさんありましたが、そんな中でもチーム全員が諦めずに一丸となって戦う姿は、F1だけでなく世界中の人に勇気を与えたのではないでしょうか。
日本国内に対する影響も大きかったと思います。景気が良くないと「守り」に入りがちになる世の中で、日本のタイヤ、日本のドライバー、日本のエンジンを使う日本生まれのF1チームが、熱きチャレンジングスピリットとともに「世界」に飛び出していった......。
普段はレースに興味のない人たちも応援をしてくれましたし、いま改めて考えてみると、凄いことをしたのだと思います。


雨のデビュー戦で「タイヤに勝たせてもらって」以来、カートでも国内のレースでもブリヂストンとともに歩んできた僕にとって、F1でもブリヂストンのタイヤでレースをすることは、とても特別な想いがありました。
F1マシンの初ドライブでは、F1のダウンフォース、ブリヂストンタイヤの強力なグリップ......全てが驚きであり、感動でした。あの速度で走るクルマが、まるで磁石のように路面に吸い付いて走り、ブレーキングをしただけでヘルメットが思いっきり前に倒れてしまうほどのGが発生する、異次元の世界でブリヂストンのタイヤはドライバーの足もとを確実に支えてくれていました。
驚いたことはもうひとつ。ブリヂストンがF1でも、日本国内のレースと同じスタイルで活動していたということです。つまり、僕がそれまで日本レースで当たり前だと思っていたものは「世界最高峰」のレベルのものだったということです。どこで行われるレースであろうと、常に完璧な仕事を目指すその姿勢に、いつも一緒だったブリヂストンの凄さというものを改めて実感しました。世界中で信頼される理由は、こんなところにあるんだ、と。

まずは、F1活動お疲れ様でした。
ぜひこれからも、世界中でたくさんの人に、モータースポーツの楽しさや、すばらしさを伝えていってもらいたいと思います。

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スーパーアグリF1チームのマシンは、4年前のアロウズのシャシーをベースにしたものであり、決して「万全」と言えるものではなかったが、ホンダのエンジンにブリヂストンのタイヤといった、「ジャパンパワー」を得て奮闘した。

「ずっと一緒にレースをしてきた鈴木亜久里監督(写真右)とともに、幼い頃からの夢であったF1に参戦できると決まったときは、本当に嬉しかった」と井出選手は語る。