BRIDGESTONE MOTORSPORT 1999-2003
FORMULA ONE IRL INDYCAR / CART MOTO GP
FORMULA NIPPON JGTC F3 / NATIONAL FORMULA KART GYMKHANA DIRT TRIAL / RALLY
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ライダーからのフィードバックを受けるエンジニア。密接なコミュニケーションにより、タイヤは日々進化していく。
 実戦に参戦するためには、ちゃんとした性能が出ないことには話にならない。最初のテストから8ヶ月後、8月のチェコのブルノで2002年からの実戦参戦を判断するテストが行われ、タイム、耐久性共に目標性能をクリアー、参戦が決定した。

MotoGP参戦2年目
初の表彰台を獲得。


 2002年、いよいよ実戦参戦が開始された。しかし、予測していた成績が出せなかった。ブリヂストン勢は、実戦のレースとテストは違うという厳しい洗礼を2輪であらためて受けることとなった。テストは、グランプリが行われる5、6カ所のサーキットを使って行ってきたが、グランプリの転戦は10~15カ所のサーキットを巡る。当然初めてのサーキットでの戦いもあった。そしてライダーが異なるという点も大きかった。また、2002年は従来の500ccクラスがMotoGPクラスとなり、4ストロークと2ストロークのエンジンが混走していた。ブリヂストンタイヤのユーザーは2ストロークマシンで戦い、4ストロークのバイクに比べてパワー不足は否めなかった。苦戦を強いられながらもシーズン後半になると徐々に結果が表れてきた。そして終盤戦のオーストラリアGPの予選でポールポジション、3番手、4番手のグリッドを獲得。フロントローにブリヂストンのタイヤを装着したバイクが3台並んだのだ。
 そして2003年。2年目の戦いは、全てが4ストロークのバイクとなった。そして日本人ライダー玉田 誠選手がホンダのバイクを駆って参戦。初年度からのパートナー、プロトンはブリヂストンとのコンビ2年目となって安定感を見せはじめた。4ストロークのエンジンは約20%パワーアップしているが、これにも即時対応したタイヤを供給できた。特筆すべきは参戦初年度の玉田選手の走りだ。果敢に前をねらう走りで第12戦のブラジルでは、9番手グリッドからスタートし、前車を次々にパスして3位表彰台へ立った。イタリアGPでも4位と健闘。2度の上位獲得でブリヂストンタイヤのパフォーマンスも着実にトップクラスに近づいたことが証明された。しかし、世界の頂点のハードルは未だ高い位置にあるのは事実。ブリヂストンは、チャレンジの手をゆるめることなく勝利をめざす。
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