2023 FIM 世界耐久ロードレース選手権 EWCが今年もフランス・ルマン24時間からシーズンが開幕します。
過去3年は新型コロナウィルス感染拡大の影響もありエントリーが減少し昨年は36台でしたが、今年は54台までエントリー数が回復。今大会ではフォーミュラEWCクラスが18台と昨年の13台より5台増加。SSTクラスは33台、EXPクラスが3台となっています。
その中でブリヂストンがEWCに本格参戦を開始した時からのパートナーであるF.C.C. TSR Honda Franceは、昨シーズンを通して苦しいレースが続くものの、確実にポイントを積み重ね、2017-18シーズン以来2度目となるEWCタイトルを獲得しました。
今シーズンが始めるまでのオフシーズンはTSR独自のマシン開発を進め、マシンの戦闘力アップはもちろん、ライダーにとって扱いやすくピットイン時のメカニック作業や燃料補給、レース中に何かトラブルなどが発生してもメカニック達が効率よく修復し、レースに1秒でも早く復帰出来るようなマシン作りを行ってきました。
今回はF.C.C. TSR Honda Franceの全面協力のもと、3度目のEWCチャンピオンを獲得する為に作られたマシンの詳細をご紹介します!
F.C.C. TSR Honda Franceが使用するベースマシンはHonda CBR1000RR-R。このマシンは全日本RRでもおなじみで、改造範囲の少ないST1000クラスでは圧倒的な強さでチャンピオンを獲得している。
昨年は3年振りに開催された鈴鹿8耐でもTeam HRCのファクトリーマシンが序盤から独走態勢と圧倒的速さで優勝している。
TSRではこのマシンにオリジナルのチューニングを施し、各パーツメーカーと協力してマシンを製作。ブリヂストンが供給しているタイヤの性能を十分に発揮させるよう、車体周りには多くのアイデアが盛り込まれている。
今シーズンのマシンで最も変化しているのはスイングアーム。昨年までの形状から大きく変わり、鈴鹿8耐のHRCファクトリーマシン同様の形状となった。当然形状のみではなく、高いコーナリング性能を発揮させるためにスイングアーム本体の剛性やメインフレームとの剛性バランスも考えられている。
耐久レースではリヤタイヤ交換時にスイングアームからリヤホイールがすぐに抜け出せるよう、リヤブレーキキャリパーとブレーキディスクが大きく外側にオフセットしている為、スイングアームもブレーキキャリパー側が広くなっている。またリヤホイールをスイングアームに装着する際にはホイールのカラーがチェーンアジャスタースイング内側の段差の上に載るため、リヤホイールを置くだけですぐに装着出来る。近年はリヤスプロケットがスイングアーム側に残るペンタゴンシステムを使用するチームは少なくなっており、TSRのようにチェーンを外すシステムが多くなった。マシンの進化に伴いパワーが上がった事でリヤスプロケットの摩耗でチェーン関連のトラブルが出ているのかもしれない。
リヤスプロケットとホイールはボルト止めだが、タイヤ交換時などで飛び出たボルトの頭で破損などしないよう、プラスチック製のスペーサーが装着されている。またタイヤ交換時はアクスルシャフトを抜いた後にリヤタイヤを前に押し込み、弛んだチェーンをスイングアームにあるゴールドのパーツに引っ掛けてチェーンがタイヤに干渉しないようになっている。
その他足回り関連では現在は日立ASTEMOとなったサスペンションSHOWA製、ブレーキはNISSIN製を使用。どちらもTSRが本格的にEWC参戦を開始した時からのパートナーとなっている。
リヤサスペンションのスプリング部分にはカバーが装着されている。長時間の耐久レースではタイヤのゴムカスやコースアウトしてグラベルに入った時など、異物が入ってしまう可能性が有る為、それを防ぐためのものと思われる。
またブレーキディスクは転倒した際にダメージを受ける事もあり、ピットボックス裏のパーツボックスには大量のブレーキディスクが準備されている。
TSRはフロントタイヤ交換時には横からシャフトを車体にあるパイプ状の中空シャフトに入れ、ジャッキアップを行う。上げた際にはフロントタイヤが地面より数ミリ浮くか浮かないかの高さに調整されている。この方式でフロントを上げるチームは近年少なくなっており、EWCに参戦するチームの多くはYARTやYOSHIMURA SERTが使用するフロントフォーク下部からジャッキアップする方式を採用しているチームが多い。
フロントタイヤ交換時はアクスルシャフトを抜き、フロントホイールを抜くとバネによりキャリパーが外側に広がり、キャリパーとホイールが干渉しないようになっている。フロントフォークアクスル部は左右の色が赤と青になっていて、交換時にホイールのカラーが同じ色になるよう、ミス防止の工夫がされている。フロントホイールを入れる際もアクスル部内側に段差が付いており、ホイールのカラーをこの上に載せて入れる。その際に外に広がったキャリパーを内側に押しながらブレーキディスクをブレーキパッドの間に入れて押し込む。レースの場面では時々フロントホイールが押し込めないシーンが見られるが、多くはブレーキパッドの間にブレーキディスクが入らないトラブルが発生する。また24時間レースではフロントのブレーキパッドが減るとブレーキキャリパーを交換する。フロントフォークからキャリパーを外すとブレーキホースがクイックバンジョータイプとなっていて、押し込みながら回転させるとホースが抜け、交換するキャリパーを同じように押し込みながら逆に回転させて繋ぎ、フロントフォークに装着。この時間は約30秒程度で行う。
EWCの現在のレギュレーションでは昼夜に限らず常にライトを点灯するよう義務付けられている。またリヤにもテールランプの点灯が義務付けられており、TSRはフロントのヘッドライトを強力なLEDライトに変更。またテールランプはシートカウルに装着せず、リヤフレームに固定。シートカウル下部をレンズに変更している。この方式ではシートカウル変更時に配線を外す必要が無く、シートカウルはすぐに脱着可能となり交換作業時間が短縮できる。またこれはフロントゼッケン部分も同様の考えで、LEDライトを車体側に固定しゼッケン部分を透かしにする事で夜間走行時は点灯させている。近年は有機発光フィルムを使用するチームが鈴鹿8耐ではよく見られたが、TSRのようにシンプルにすることで配線を外す必要が無く、フェアリング交換時の作業時間短縮となる。
近年のレーシングマシンは電子制御などの操作が多彩となり、またメーターの情報量も豊富になってきている。ライダーのコクピット周りは全日本に参戦しているJSB1000車両と大きく変わらないと思われるが、夜間走行が長いEWCではメーターのインジケーターの光量もライダーへの負担を左右してしまう。インジケーターなどが明るすぎるとどうしても視界に入ってしまったり、暗いサーキットのラインを見る時に明るすぎる影響で暗い部分が見え辛くなったりするためTSRでは光量を調整している。
左ハンドル部分にはいくつかのスイッチがセットされており、スプリントレースより長い距離を走る1スティントで状況に応じて予めセットされている電気制御のマッピングをライダーが任意で変更出来るようになっている。
今年のレギュレーションで大きく変わったのが燃料タンクの給油口が1口タイプになった事。TSRは従来2口タイプを使用していたが、2021年に給油口を1口タイプが義務付けられ、給油口も指定メーカーの物を使用しなければいけない。1口タイプは給油口の径が大きくなり、ホース中央部に空気が抜けるホースが入った2重構造となっている。TSRは2口から1口になった事で燃料タンク上部が少し細くなったように見え、スッキリしたイメージとなった。
1口タイプはチャージャーを給油口に合わせて載せ、グリップを下げるとツメが給油口の淵のフランジ部を掴み強制的に給油口に入る仕組みになっており、2口タイプの押し込む動作は不要となる。燃料補給は耐久レースならではのピット作業なので、この作業性を統一した事で公平な燃料補給作業になったと言える。
1口タイプは給油口の上にカバーを装着しなければならず、ライダーはピットイン時に外し、交代するライダーが給油後に蓋を装着する必要がある。
F.C.C. TSR Honda France協力のもと、チャンピオンチームのマシンを簡単に紹介させて頂きました。
ルマン24時間ではこのマシンでチームにとって3度目の優勝を狙い、今シーズンのタイトル争いを有利にしていくか注目が集まります。
今シーズンのFIM 世界耐久ロードレース選手権 EWCでこのマシンがトップ争いをしている際に、F.C.C. TSR Honda Franceのチームスタッフが作り上げたマシンを意識して観戦して頂ければ幸甚です。
ブリヂストンはF.C.C. TSR Honda France、YART YAMAHA、YOSHIMURA SERT Motulと共に3年連続4度目のEWCタイトル獲得を目指します!