データと対話で導く「最適解」──タイヤ設計担当が語るレースの現場

GR86/BRZ Cupにおけるブリヂストンの役割は、単なるタイヤ提供にとどまりません。
各チームやドライバーが最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、路面状況、タイヤの挙動、ドライバーのフィーリングなどを確認しながら、製品と実戦のあいだで細かなフィードバックを積み重ねていきます。
今回は、そうした現場での実務の詳細について、設計担当・渡辺の話を交えて紹介します。
※インタビューは第4戦十勝スピードウェイで行いました。




レースウィーク前には、過去のデータをもとに、ターゲットタイムや適正内圧の目安を立てておきます。とくに第4戦の舞台となった北海道・十勝スピードウェイのようにテストの機会が限られるコースでは、路面特性、ドライバーのフィーリングを入念に整理し、走行前の「基準」として内圧設定などの準備を進めます。


POTENZA RE-10D設計担当・渡辺


「たとえば、過去に似たようなコンディションで、どのくらいの内圧でどんな変化があり、また、ドライバーのフィーリングはどうだったのか。そういった情報を事前に整理して、現地入りします。そのうえで走行後の現場の声と照らし合わせて、準備したデータとの整合性、スペック変更による挙動の変化などを、チームやドライバーと密に確認していきます」


この確認作業は、フリー走行から予選・決勝に至るまで続きます。最終的なセッティングはチームの判断になりますが、その判断材料となるよう、開発側はタイヤの反応傾向やフィーリングの変化を丁寧に伝えていきます。


小倉クラッチ BS OTG GR86設計担当・渡辺


なかでも今回の十勝スピードウェイは、他のサーキットとは異なる路面特性を持つということもあり、特に木曜日の走行ではウォームアップに苦戦する車両も見られました。


「十勝スピードウェイは路面のμ(ミュー)が低く、タイヤに荷重がかかりづらいため、温度が上がりにくい傾向があります。グリップ感を上げるために、内圧をやや下げて接地面積を稼ぐこともありますが、十勝に関しては逆に少し高めの内圧で“しっかり感”を出す方向が好感触だったというフィードバックがドライバーから多くありました。初動でグリップが立ち上がらないというドライバーには、『ウォームアップをもう少し積極的に取ってみては』といったアドバイスもしています。ただし、あくまでも各チームの判断を尊重し、情報の押しつけにならないよう心がけています」


設計担当・渡辺設計担当・渡辺


渡辺が大切にしているのは、「情報の押しつけではなく、状況のすり合わせ」という姿勢です。サーキットごとの路面特性や温度変化、ロングラン中のタイヤの変化など、マシン挙動に影響する繊細な違いについて、まずは現場のドライバーがどう感じたかを丁寧にヒアリングし、その声を手元のデータと照らし合わせながら情報を収集していきます。


「決勝は、まさにドライバーの力が問われる場面で、私たちはなにもできません。私たちが現場でできることは、レース後のドライバーのコメントをもとに、狙っていた方向性と実際の走りがどのように重なったかを検証することだけです」


POTENZA RE-10D設計担当・渡辺


十勝戦では、特に高温条件のデータが少なく、不安もあったようですが、結果は上々だったと渡辺は言います。


「例年であれば本州よりも気温が低く、路面温度も低いことも多い十勝ですが、今回はレースウィークの中で決勝が一番の高温コンディションとなり、どのチームも十分な蓄積データを持たない状況でした。ただ、タイヤは高温環境でも性能を発揮できるように設計していたので、その特性が実際のレースペースにどう表れるかを注視していました。
結果として上位4台までを独占し、他メーカーに対して優位性を示せたことは、大きな手応えにつながりましたね。ドライバーからも『高温でもロングランの強みが感じられた』という声をもらい、設計意図と実戦結果がしっかり噛み合ったレースになったと感じています」


表彰台
レース後には、チェッカーまでに得られた膨大な走行データ──ロング走行やアタックに向けた練習走行、予選の各セクタータイム、決勝のラップタイム、さらには各セッションでのドライバーのフィーリングまで──それらすべてをグラフ化・解析し、課題と強みを可視化していきます。


「多くのプロドライバーが同じ車両で競うこのワンメイクレースは、走行データを効率よく収集・分析できる点で、開発にとって非常に価値のある現場です。また、各チームのセッティングやドライビングスタイルはそれぞれ異なり、同じタイヤでも使われ方に違いが出てきます。そうした多様な情報を丁寧に読み解き、傾向を見極めながら、次の開発へとつなげていきます」


POTENZA RE-10D設計担当・渡辺


現場で得られるリアルなフィードバックは、最終的に市販車向けのPOTENZAシリーズへ波及していきます。


「レース現場で得られる“極限下の知見”は、開発に直結する最も純度の高い情報です。なかでもGR86/BRZ Cupは、公道走行が可能なタイヤを使用して戦われるレースであることから、ここで得られるデータや知見はストリート向けPOTENZAに、そのまま応用可能です。こうした“極限”の環境で鍛えられた技術は、ブリヂストンの製品づくりの確かな力となっていきます」


GR86/BRZ Cupで積み重ねた知見を力に、ブリヂストンは次なる性能領域へと挑み続けています。