走る、曲がる、止まる――ドライバーの意思を路面に伝える4本のタイヤ。タイヤを知れば、レースの楽しみがぐっと深まる。
GT500クラスであればトヨタ、ニッサン、ホンダの3メーカーが、GT300クラスであればFIA-GT3やJAF-GTなど、異なる規定の多種彩々なクルマが走るSUPER GTは、その足元を支えるタイヤについても4メーカーがしのぎを削る激戦区です。同じクルマでも装着するタイヤによってクルマの仕上げ方は変わりますし、天候や路面状況によってもタイヤ性能が大きくタイムに影響します。
ブリヂストンは今年もGT500クラスに9台、GT300クラス5台にタイヤを供給。GT500クラスではタイトル5連覇、GT300クラスでは3連覇を狙いますが、クラス、車種を問わず、めざしているのは常に「速さと安定性を両立するタイヤ」です。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、実はこの2つを両立するのは思っている以上に難しい――そんな複雑なタイヤについて、レースで良く使われるキーワードからご紹介しましょう。
単に固い、柔らかいではない?「ハードとソフト」
SUPER GTでは毎戦、1台あたりドライタイヤ7セット、ウェットタイヤ9セットが用意されます。ブリヂストンの場合、ドライタイヤの内訳はソフトとハードをそれぞれ3ないし4セットとなります。一般的には、ソフト=コンパウンドが柔らかくグリップするけどライフが短い、ハード=コンパウンドが固くてグリップは劣るけどライフが長い、といったイメージが浸透していますが、実はこのソフト、ハードという呼び方は単純にコンパウンドが柔らかい、固いといった違いだけではありません。では、ソフトとハードは何を意味するのでしょう?
実は、私たちタイヤメーカーはレースに向けて、「想定される気温と路面温度」に合わせたタイヤを事前に準備しています。文字通り柔らかさの違いで2種類をソフト、ハードと表現する場合もありますが、想定温度域が低い方をソフト、高い方をハードと温度域を表現することもあるため、一概に柔らかさだけが表現されているわけではありません。例えば路面温度が35度ぐらいになるだろうと予想した場合、実際には天候によって路面温度が50度に達することもあれば、逆に20度にしかならないときもあります。そこで、予想される路面温度に対して幅を持ってカバーできるように異なる2種類のタイヤを用意して、低温側をソフト、高温側をハード、と呼んでいるのです。
さらに複雑なことに、クルマが異なったり、同じクルマでもチームによってセッティングが違ったりするため、同じレースで私たちがソフトと呼ぶタイヤでも、チームによってそれぞれが異なることがあります。極端な言い方になりますが、あるクルマが履くソフトと、別のクルマが履くハードが同一スペックであったり、あるいはあるレースでソフトと呼ばれていたタイヤが、次のレースではハードと呼ばれることもあるのです。しかもそれぞれのタイヤはコンパウンドのみならず構造まで異なることも。あまりにも複雑な話になってしまうので、便宜上シンプルにソフト、ハードと呼んでいるのです。
ウェットタイヤについては、SUPER GTでは登録できるパターン(溝の形状)が1パターンに制限されているので、温度域や水量に合わせたソフト~ハードのコンパウンドを用意しています。
持ち込む7セットの使い分けとタイヤの「マーキング」
ところで、ドライタイヤのソフトとハードの組み合わせは、実際にレースウイークでどう使われるのでしょうか?
まず、レースウイークに持ち込むタイヤのスペックと組み合わせは、タイヤエンジニアがチームと相談し個別に決めています。そしてそのうちの6セットに、どのレースの何号車のタイヤであるかを示すシリーズラウンド数とゼッケンナンバーをペイントします。これがタイヤの「マーキング」で、決勝スタートまではこのマーキングされたタイヤのみが使用可能となります。
SUPER GTでは土曜日午前にフリープラクティス(FP)と占有走行、午後に予選が行われます。まずはこのFPでソフトとハードを1セットずつ比較し、どちらか決勝で使いたい方を決めてロングランテストでタイヤのタレを確認しておく、というのがセオリーです。こうすれば、ソフトもハードも2セットずつ、マーキングした新品タイヤを残しておくことができます。
仮に最初からどちらかのスペックに決め打ちし4セットマーキングした場合は、そのスペックで “ちょっと贅沢に”FP後の占有走行で予選シミュレーションを行ったとしても、新品タイヤを2セット残すことができます。
予選ではQ1、Q2それぞれで新品タイヤを使うことができますが、決勝レースは予選を走ったタイヤでスタートしなければなりません。どちらの予選で走ったタイヤを使うのかは抽選で決まります。これは予選を重視した極端なタイヤの使用を抑制するための処置です。例えライフを無視した〝予選スペシャルタイヤ”でポールポジションを獲得したとしても、決勝では早々にタイヤ交換しなければならない、という事態に陥ってしまうわけです。
切っても切れない「ウォームアップ」と「タレ」の関係
タイヤが本来の性能を発揮するには、適した温度域に温まっている必要があります。予選で一発のタイムアタックというときには、タイヤはすぐに温まって欲しいもの。走り出してすぐ温まるタイヤを「ウォームアップが良い(早い)」、反対になかなか温まらない場合には「ウォームアップが悪い(遅い)」と呼びます。
一方で、温まりやすいタイヤは走り続けていると適温範囲を超えてしまうことも。こうなるとタイヤがオーバーヒート状態となりグリップダウンしてしまいます。これがタイヤの「熱ダレ」です。理想のレーシングタイヤとは、ウォームアップが早く、しかもなかなかタレないタイヤ。ちなみにタイヤの温度は無限に上がり続けるわけではなく、どこかで頭打ちになり安定します。この状態を「サチる」と呼ぶことも。これは「飽和」を意味する英語の「サチュレート(saturate)」に由来します。
SUPER GTの場合、レース距離は基本300km(一部例外があります)。決勝レース中に最低1回のドライバー交代が義務付けられており、かつドライバーは最低でもレース距離の3分の1を走らなければなりません。ブリヂストンがめざすのはウォームアップが早く、しかも「レース距離の3分の2」の距離をタレることなく走り切ることができるタイヤです。仮にとても速いけれどレース距離の半分しか持たないタイヤがあったとしても、それでは必ずレースの折り返し点でピットインしなければなりません。レース距離の3分の2をカバーすることで、チームは自由に戦略を立てることができるわけです。
ウォームアップが早いタイヤはスティント序盤にリードを稼げる一方で、タレに強いタイヤはじわじわと後半に追い上げてきます。クルマの速い、遅いを1周のベストラップだけでなく「スティントを通じた速さ」で総合的に捉えると、レースの醍醐味がより伝わるのではないでしょうか。
緻密なタイヤマネージメントが求められる「無交換作戦」
近年、GT300クラスで注目を集めるピット戦略に、タイヤ無交換あるいは2輪のみ交換といった作戦があります。これはピットストップでタイヤ交換に必要な時間を省き、さらにはタイヤが冷えた状態のラップタイム低下を避けることが狙いですが、同時にレース終盤に向けてタイヤのグリップダウンに見舞われる恐れもある難しい作戦です。
無交換は文字どおり、タイヤは1本も交換しません。タイヤを交換しないことによるタイムゲインは大きいものの、レース終盤までタイヤ性能を落とさずに走るには、シビアなタイヤ管理が求められます。クルマがうまくセットアップされていることはもちろんのこと、ドライバーはレース序盤からタイヤマネージメント=タイヤをもたせるためのドライビングを強いられることになります。第4戦ツインリンクもてぎでは#65 LEON PYRAMID AMGがタイヤ無交換作戦で見事な優勝を飾りましたが、このチームは以前から事前テストを十分に行い、しっかりとしたデータをもって無交換、あるいは2輪交換を取り入れ、戦略に幅を持たせているのが特徴です。
2輪のみ交換する場合には、タイヤに掛かる負荷の大きい駆動輪2輪のみを交換するパターンと、コーナリングを重視して左右どちらかの前後輪を交換するパターンがあります。サーキットが右回りの場合は、外側となる左側のタイヤ2輪を交換するわけです。どちらのパターンにしても、十分に温まっているタイヤと、冷えた状態のタイヤの組み合わせですから、タイヤが温まるまではバランスが崩れて非常に難しいドライビングになります。リスクのある作戦ですので、やはり事前にテストし十分に対策した上で可能となる戦略と言えるでしょう。
グリップが良すぎるのも考え物?「ピックアップ」
SUPER GTのレース実況で頻繁に登場するのがこの「ピックアップ」という言葉です。一言でいえば路面にあるタイヤから落ちたゴムの塊を拾ってしまい、タイヤに付着したゴムの塊が振動やグリップダウンを引き起こす現象で、追い越し等でレーシングラインを外したときに拾いやすくなります。
よく、決勝レース中に突然ペースが落ちたクルマについて、「ピックアップか?」と実況されたりします。拾ったゴムの塊はブレーキングや加速、あるいはステアリング操作などで落とせることもあり、そうなれば再び元のペースで走り続けることもできますが、うまく落とせなければタイヤを交換するまで、振動やグリップダウンに悩まされることになります。
難しいのはこのピックアップ、タイヤによるものなのか、クルマ(やそのジオメトリー)によるものなのか、あるいはドライビングによるものなのか、その原因は十分には切り分けられていません。車種によってピックアップの問題を抱えやすいものもあれば、比較的影響を受けないものがあったり、同じ車種の中でもあまり問題にならないクルマがあったりなかったり、あるいはコンビを組んでいるドライバー同士でも違いがあったりと実に様々です。
レーシングタイヤの開発が進み、グリップを追求したコンパウンドが増えたことでピックアップという現象と言葉が生まれましたが、タイヤメーカーとしてはグリップはしつつもピックアップしにくいコンパウンドの開発をめざしています。
いかがでしたか? タイヤはレーシングカーの性能に大きな影響を及ぼす大変重要なパーツなのです。そして、シビアなタイヤ開発競争はSUPER GTならではの魅力のひとつ。サーキットによって、天候によって、条件がわずかに変わるだけでガラリと勢力図が変わる厳しいコンペティションが繰り広げられるSUPER GTを観戦する際には、ぜひ足元のタイヤにもご注目ください。