vol.19 2022 SUPER GT前半戦レビュー ~#14 ENEOS X PRIME GR Supra、BRIDGESTONEとかく戦えり~ 前編

タイヤの視点からSUPER GTを深掘りするBRIDGESTONE SUPER GT INSIGHT。今回は開幕戦を見事なポールtoウィンで制し、第3戦終了時点で#3 CRAFTSPORTS MOTUL Zと同ポイントでランキング首位につける#14 ENEOS X PRIME GR Supraの大嶋和也選手と阿部和也チーフエンジニアに集まっていただき、14号車を担当するブリヂストンのエンジニア2名と共に前半戦の総括と後半戦に向けての展望を語ってもらいました。


●参加者
大嶋和也選手(TGR TEAM ENEOS ROOKIE)、阿部和也チーフエンジニア(TGR TEAM ENEOS ROOKIE)
小川雄也エンジニア(株式会社ブリヂストン)、高野宏輔エンジニア(株式会社ブリヂストン)


魔法のような新コンパウンド。でも不安もあった開幕戦優勝
――皆さん、お忙しい中お時間をいただき大変ありがとうございます。まずは今シーズンこれまでの様子を振り返っていただけますか?
阿部和也チーフエンジニア(以下、阿部):昨年も開幕戦優勝していますが予選は2位、ポールポジションを取れなかった悔しさが自分の中に残っていていました。開幕戦の岡山に向けてシーズンオフから進めてきたセットアップがうまく機能してくれてのポールtoウィンだと思っています。
――そのセットアップというのは、具体的にどのような方向を狙ったものでしょうか?
阿部:リヤのセッティングを中心に、他のGR Supra勢とは少し異なる方向を狙っています。GR Supraはローダウンフォース領域は速いのですが、ハイダウンフォース特性のサーキットにおいてはアンダーステア傾向なので、リヤのセットアップを中心に解消しようとしたが、意外とリヤのグリップを失う傾向があるのでその対策です。
大嶋和也選手(以下、大嶋):去年の岡山は「勝てる」というイメージでレースウイークを迎えたわけではありませんでした。今年はチームで昨年から1年間、色々な対策を施し、しっかり準備してそのとおりのレースができてのポールtoウィンです。セッティングにも自信がありましたし、タイヤ選択についてもテスト結果を信じて選んだタイヤがしっかりと機能した、思いどおりのレースでした。
――タイヤ選択が他のスープラ勢とは少し異なっていたのでしょうか?
大嶋:想定する温度レンジは同じだったと思いますが、コンパウンドは若干違うものです。ロングランテストした結果からいちばんフィーリングの良かったものを選んだのですが、他のGR Supra勢が違うものを選んできたので実は不安はありました。特にテストした時と比べて決勝は気温も高くなりましたから、そこが不安要素でした。
阿部:開幕戦でうちは新しいコンパウンドを使いましたが、おそらくほとんどのチームは過去実績のあるコンパウンドを選んでいたと思います。我々としては岡山国際サーキットで2回の事前テストを行い、しっかりロングランのテストで性能を確認し、一発のタイムも確実に速いことを確認していました。しかもウォームアップ性もいいという、魔法のようなコンパウンドです。それでもライバルが軒並み違うコンパウンドを選んだとなると大丈夫だろうかと不安になりますが、ブリヂストンのエンジニアも「このタイヤで間違いない」と言ってくれましたし、最終的には自分たちが積み上げてきたデータを信じて選択しました。

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――その選択が正しかったと実感したのはどのタイミングでしょうか?
阿部:土曜日の公式練習で走り出したときからウォームアップもいいですし、予想どおりのフィーリングだったので、走り出しから「行けるな」というのはありました。またレースウイークの天気予報が比較的安定していたので早いタイミングでタイヤ選択をハード側に絞ることができ、公式練習でしっかりロングまで確認できたのが非常に大きかったと思います。何しろこのスペックは我々しか持ち込んでいないので、ロングについては自分たちしか確認しようがありませんでしたから。
大嶋:予選までは想定どおりの路面温度、気温でタイムも良かったし、いい展開でした。正直に言うと決勝前の路面温度がかなり高くなっていたので他のGR Supra勢に逆転されるかもしれないと思ったりもしましたが、いざ走り出してみればタレないし、最後までグリップも高いままで、走りながら驚いていました。
ブリヂストン小川雄也エンジニア(以下、小川):新しいコンパウンドに関してはテスト結果を受けてチームに勧めていました。コンパウンドそのものの物理的な性質、我々は物性と呼びますが、物性上しっかりとしたコンパウンドなので、これは間違いないと。大嶋選手が指摘したように、決勝日の気温が想定していた上限まで上がりましたが、物性的にはタレる懸念はありませんでしたし、実際にかなりマージンを持って走っていただき、予想どおりの完璧なレースでした。
ブリヂストン高野宏輔エンジニア(以下、高野):多くのチームが使った過去から実績のあるコンパウンドは、昨年前半戦のデータからウォームアップ性能を引き上げて後半戦で使用していたものです。一方の14号車が選択した新しいコンパウンドは、そこからさらにウォームアップ性能とグリップの両方を狙って開発してきたものです。
阿部:路面温度が高いという懸念は多少ありましたが、ネガティブな要素よりもウォームアップが早いというメリットの方が大きいと思っていました。実際にスタート直後には後ろの#39 DENSO KOBELCO SARD GR Supraが狙ってくるだろうと思っていましたし、関口雄飛選手の走りからもそういうガツガツ来る雰囲気を感じていましたが、大嶋選手がタイヤのウォームアップ性能をしっかりと生かしてすぐにリードを広げてくれました。ここでマージンを稼げたことが結果に結びついた大きな要因です。
――レース後半、FCY(フルコースイエロー)明けに一気に2番手の#100 STANLEY NSX-GTに迫られるシーンがありましたね?
阿部:あればFCY明けにGT300マシンが目の前でハーフスピンしたせいで、あそこで7秒くらい差が縮まってしまった。なかなか最終コーナーを立ち上がってこないし、後ろに100号車が迫っていたので何かあったなとは思いました。ただ、無線で「後ろに100号車が迫っているからね?」と山下健太選手に伝えたときのリアクションが落ち着いていたので、これは大丈夫だなと思っていました。レース後にどうしたのと訊いたら「前でスピンしたクルマにぶつかった」と。
――山下選手、決勝中はあまりそういう報告はしないタイプなんでしょうか?
阿部:いや、普通はしますけどね(笑)
――開幕戦二連覇で、すっかり岡山が得意なチームになりましたね?
大嶋:確かに去年からいいセッティングデータを持っているというのはありますし、ドライバーとしても得意だという意識はあります。ただ、岡山の開幕戦で成績がいいため他のサーキットではサクセスウェイトが重い状態で走らなければならない。このウェイト分を計算すると、他のサーキットでも計算上はトップタイムを取れていたことも少なからずありますから、岡山だけが特別速いというわけではないです。ウェイトが無ければどこでも十分に同じような結果は得られているはずです。
小川:ルーキーレーシングは比較的新しいチームですが、阿部エンジニアと大嶋選手、山下選手と、長く続いているメンバーですし、実際2019年にもチャンピオンになっている。3人の強い信頼関係を感じます。大嶋選手も言っていますが、どこに行っても速く、阿部エンジニアの経験とドライバーの速さが嚙み合っているという印象があります。タイヤについてもふたりのドライバーがしっかり評価していただいています。
高野:私は去年の第6戦オートポリスから一緒に仕事させていただいていますが、考えられる速さの要因がいくつもあります。ドライバーはもちろんですし、阿部エンジニアが作るクルマもそう。何よりも新しいコトやモノに積極的です。新構造・新コンパウンドのタイヤについても積極的に走って積極的に評価いただいています。必然的に我々の開発スピードも上がりますね。それに皆さん、密にコミュニケーションを取ってくれます。実はこれって、意外と大切なポイントだと思います。


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――話は第2戦の富士に変わりますが、予選9位から決勝7位でした。450㎞という新フォーマットはいかがでしたか?
阿部:元々富士では500kmでもレースしていましたから、450kmだからどうこうというのはあまりないですね。ブリヂストンからは「2スティント走ることもできる」というお話しもありましたが、僕としては3スティント共フレッシュタイヤで走ることを想定していました。
小川:まだ第2戦でそれほどウェイトを積んでいる状態ではないので、重いから2スティント走ろうと考えるチームはありません。タイヤ交換前提であれば500㎞も450㎞もあまり変わりはない。ブリヂストンとしては、もしもチームから2スティントをタイヤ無交換で走りたいという要望があれば、それに見合ったタイヤは準備します、というスタンスです。元々タイヤライフがそうギリギリだったわけではないですし、5月の富士であればそれほど暑くないので耐久上の懸念もないので。
――タイヤ無交換のメリットはないわけですね?
阿部:あまりないですね。レースが途中で赤旗になってしまったので他のチームがどういう戦略だったのか判断できない部分もありますが、おそらくどこのチームも毎回交換を想定していたと思います。普通に走っている限り2スティント走ってもブリヂストンのタイヤが壊れることはまずありませんが、交換した方が確実にグリップはあります。後はイレギュラーなこと、例えばデブリを踏んでしまう可能性等を考えれば、交換した方が安全です。
小川:持ち込みタイヤを決める際に各チームと話しましたが、基本的にどこもタイヤ交換前提でした。
高野:GT500では2スティント走るというのは、あまり推奨はしませんが、仮にどこかのチームから「今回、予選では前に行く自信がないので決勝で2スティント引っ張ってピットタイムを稼ぎたい」という要望があった場合には、少し剛性に寄ったコンパウンドにするとか、そういう準備をしてレースウイークに臨むことになります。
大嶋:毎回タイヤ交換と2スティントタイヤ交換なしの戦略で、シミュレーション上は同じタイム、というケースがあった場合にですが、ドライバーとしてはラップタイムが速い方を選びたいですね。富士は40㎏のウェイトを積んでいたのでシミュレーション上はだいたい1秒遅くなる計算で、厳しいだろうが目標としては4位か5位を狙い、うまくいけば表彰台にと思っていました。ただ走り出してみるとそううまくは行かず、予選も決勝も苦戦しました。特に決勝は、単独で走ればこちらの方が速くてもGT300に引っ掛かると後ろの軽いクルマにストレートで簡単に抜かれてしまう。それでも粘って走っていればチャンスが来ると思っていたところでレースは終わってしまいました。
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――そして第3戦の鈴鹿は予選9位から決勝8位。
阿部:2020年から車両がクラス1規定になりましたが、そこからGR Supraが鈴鹿で表彰台に上がったのは1回だけです。今年#37 KeePer TOM'S GR Supraが上がりましたが、基本的には鈴鹿は得意ではない。その中でうちとしては、なんとか新しいセットアップを見出していかなければという思いで去年から考えてきて、シーズンオフのテストでもずっとそのセットアップに取り組んできましたが、完全に僕のミスで外してしまいました。持ち込みの段階から厳しく、午前中の公式練習の残り3分の1ぐらいのところでそのセットアップに見切りをつけましたが、そういうこともあって鈴鹿は厳しかった。
大嶋:阿部チーフエンジニアが言ったとおり、良かれと思って試したことがあまり機能せず、予選に向けて煮詰めきれなかった。決勝では久しぶりに後半のスティントを担当しましたが、わずかなコンディション変化でクルマのフィーリングが大きく変わり、あまりいいペースで走ることができなかった。今後、中盤戦・後半戦に向けての課題ですね。
小川:鈴鹿ではブリヂストンは2020年から三連敗していますから、さすがに四連敗はできないと相当力を入れて開発を進めてきました。ポールポジションと優勝、どちらも必ず取らなければという思いです。予選については37号車の宮田莉朋選手が予選2番手でしたので一発のタイムについては他社と戦えるところまできた。しかし決勝については3号車に独走のような形でやられてしまった。確実にレベルアップはしてきたものの、まだ一歩、二歩及ばずという結果でした。
――鈴鹿でのGR Supra勢はどのようなタイヤ選択だったのですか?
小川:4月の鈴鹿テストで確実にレベルアップしたコンパウンドが見つかったので、構造をうまく合わせ込んで鈴鹿に、というのは決まっていました。チームによって多少温度レンジは異なりましたが、ほぼほぼ同じスペックです。
高野:ゴム開発に携わる身としては、コロナ禍の影響で開発が停滞していた中で、今年新たなコンパウンドを開発できました。グリップ重視でゴム開発を進めていい感じには仕上がっていましたが、この決勝レースの結果を受け止め、次のゴム開発に取り組んでいきます。

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――前半戦を振り返っての皆様視点での印象をお聞かせください
阿部:まず開幕戦でしっかり優勝できたのは大きいです。ただ開幕戦で勝つと後半戦に向けてタイトルに絡むのが難しい部分もあり、去年もそうでしたが中盤戦にしっかりと、重い中でもポイントを取らないといけない戦いが続きます。とはいえ1勝し、ランキングも同ポイントで首位ですから、おおむね順調だったと言えます。
大嶋:開幕戦優勝で最高のスタートを切りましたが、ここからの中盤戦が本当に大事なところです。去年は第3戦から第6戦まで4連続ノーポイントでしたから、本当にそれだけは繰り返してはならない。さらにレベルアップして中盤戦・後半戦に挑まなければいけないという反省が少し残る第2戦、第3戦だったと感じています。
小川:14号車については課題もあるとは思いますが、結果としてランキングトップにいますから順調な滑り出しだと思っています。NSXはもちろん、今年は日産勢がGT-RからZに変わったこともあり、BS+Supraのパッケージとしてはライバル勢が相当強力になりました。まずはしっかりといいタイヤを供給できるように努め、BS+Supra全体を底上げしていきたいですね。
高野:去年のオートポリスから14号車と一緒に仕事させてもらっていますが、去年の終盤戦を見て、クルマもドライバーもとても速いチームだと感じていました。そのままの勢いで今年の開幕戦も優勝していますし、とても強いチームです。強力なライバルもいますが中盤戦・後半戦を、共にしっかりと戦っていきたいと思います。


皆さん、お話の密度と熱量がものすごく、かなり長い投稿になってしまいましたがいかがでしたでしょうか? 8月6、7日には第4戦の富士、そして27、28日には第5戦の鈴鹿と、真夏の450kmレース二連戦が待ち受けています! 中盤戦・後半戦に向けてのお話は、後半でお伝えしますのでどうぞご期待ください。