今シーズン、GT500での2台体制となり話題を集めるARTA。そのARTAに2年ぶりに復帰し#8 ARTA MUGEN NSX-GTのステアリングを握る大湯都史樹選手に開幕に向けての意気込みを伺いました。鈴鹿のテストでは非公式ながらコースレコードを約1.5秒上回る、1分42秒630という驚異的なタイムを叩き出している大湯選手。野尻智紀選手と共に、速さに定評あるコンビがどんな活躍を見せてくれるのか、要注目です!
「レーサーとして、クルマの限界を引き出し速さを極めたい」
#8 ARTA MUGEN NSX-GT 大湯 都史樹選手
――2020年にはARTAでGT300に参戦していましたが、この2年間はライバルメーカーのタイヤでGT500クラスに参戦し、時にポールポジションを奪うなど、私たちを悩ませる存在でもありました。まずはブリヂストン陣営に戻ってこられての近況は?
大湯:久しぶりにARTAに戻ってGT500に乗ることになりました。当時と変わらないメンバーもいますし、メンテナンスは昨年まで在籍したチームでもある無限ですから、ほとんどの皆さんは知っていますし、最初からとてもスムーズです。テストでも何度かセッショントップタイムを出しているぐらい好調で、富士合同テストではウェットタイヤの感触もしっかり掴むことができました。開幕に向けて着々と準備が整ってきている印象です。
――クルマもNST-GT、メンテナンスも無限のままでタイヤだけが変わりました。
大湯:2020年にGT300で走った時よりも、GT500の方がさらにブリヂストンらしいタイヤ、というのが何よりの印象です。カートで走っていたときもそうでしたし、プライベートで走らせているホンダS2000で履いているPOTENZA RE-12Dも同じなのですが、GT500に乗って最初に感じたのが「これがブリヂストンのタイヤ作りなんだ」ということです。タイヤ開発についてもブリヂストンならではの進め方があります。どこのメーカーのタイヤもサーキットを1周走って1秒以内の差に収まる程度の差なのに、キャラクターも開発もメーカーによってそれぞれに個性があると感じています。その中でブリヂストンは、今まで走ってきた中で「いちばんタイヤらしいタイヤ」という印象です。さまざまなシチュエーションに対応できるタイヤで、とてもすごいと思います。僕はタイヤが変わりましたが、8号車はこれまで野尻選手が開発を担い、流れも把握しています。メンテナンス体制に変化はありましたが、その流れを引き継いで、基本的に軸となるのは野尻選手です。僕はそこに何か有益なフィードバックができればと思います。
――メーカーによってキャラクターの違いがある中で、GT500のタイヤに最もメーカーらしさが表れているわけですね?
大湯:はい。タイヤというのは縦にも横にもたわみます。そのたわみの逃し方というか、たわみ方によってグリップが出たり出なかったりするのですが、ブリヂストンはそこを加味した上でゴムを選んでいるという印象です。何と言うか、「こういうタイヤを作るんだ」と言うコンセプトをしっかりと感じられます。
――サイドウォールのたわみと、トレッド面のゴムの動きに違和感がない?
大湯:まあ、そうですね。サイドウォールとトレッド面が別々の動きをしないというか。そこがブリヂストンらしいと感じます。さらに言うと、そのたわみ方も特徴で、特にコーナーでは接地面が広がる感じがして「おっ!」となる。
――それだけタイヤの印象が変わると、やはりドライビングも多少は変わりますか?
大湯:はい。全体的なグリップ力は同じだとしても、そのグリップ力がどう出てくるのかによって操作は変わってきます。ドライビングの繊細さをどこに持ってくるのかが変わりますし、それだけタイヤが動くということは、車高の変化も大きくなります。悪く聞こえるかもしれませんが、ブレーキングに関しては結構シビアだと思っています。他社との癖の違いだと感じていますが、いきなりドンッ! とブレーキングするとロックしやすい。タイヤが潰れてグリップ力を発揮するのが追いつかないので、グリップ以上のブレーキの入力をしてしまうと簡単にロックしてしまう。ただ潰れてからは強烈にグリップするので相当の踏力が必要になります。
――そうなるとコーナーでのステアリングの切り方も?
大湯:変わります。ただ、そういう性格があるからこそ、どんなコーナーでも高いグリップを出し続けられるんだと思います。それに、グリップレベルが落ちてこないのも大きなメリットです。もちろん市販タイヤはそこに余裕を持たせてあるので心配はありませんが、レース用タイヤはある意味尖がっていて、何かしらクルマにモーメントがかかった時に繊細さが必要です。その代わりそこを使いこなせば――まあ、このパドックにいるドライバーは全員が使いこなしますが――強い武器になる、そういうタイヤに仕上がっています。
――2シーズン、ライバルメーカーのタイヤで戦っている中で、外から見たブリヂストンの印象は?
大湯:基本的にはいつまで経ってもタイムが落ちないタイヤです。今日のテストは雨ですが、ドライに限らずウェットタイヤも落ち幅が少ない。これもタイヤの作り方の一貫した部分だと思いますし、そこについては去年まで、どうやったらああいうタイヤを作れるのかと悩んだ部分でもあります。また。クルマの動きや前後バランスを見ても、とても整っているように見え、セッティングの幅も広いと感じていました。
――今年の体制の中で、8号車はホンダのエースカーとも目されています。
大湯:はい。開幕戦の岡山から常に表彰台争いをできる体制だと思います。SUPER GTはサクセスウェイトもあるので簡単にはいかないでしょうが、コンスタントに上位にいること、そして勝てるレースを取りこぼさないことが、本当に今年は大切です。とても期待されているチームだとひしひしと感じているので、8号車でチャンピオンを取りたいですし、さらに言えば8号車と16号車でチャンピオン争いを繰り広げるようなシーズンにしたい。データの共有など2台体制のメリットもありますし、かといって全く同じクルマになるわけではないので、多少は味付けの違いはあるにしても、2台で常に上位を戦えるだろうという手応えはあります。
――シーズンオフの野尻選手のコメントで「僕がクルマを仕上げ、タイムを出すのは大湯選手に任せる」といった言葉がありましたね?
大湯:野尻選手がそう言ってくれているのは本当にありがたいですし、自分自身、クルマを速く走らせることについては絶対的な自信を持っていて、そこは誰にも負けないと自負しています。ただクルマを使いこなして戦うという部分においては、すべてが揃わない限り勝つのは難しい。タイヤもしかり、クルマもしかり、チーム力もしかり。そういう意味で、やはり野尻さんは多くの経験とノウハウを持っていますし、今現在もやるべきことをしっかり効率良く進めてもらっています。そうやって8号車のポテンシャルを引き上げ、そのクルマを僕が速く走らせていけば、タイトルは近づくと思います。
――共に戦うパートナーとして、私たちブリヂストンの責任も重いとひしひしと感じています。
大湯:これは個人的な思い入れかもしれませんが、複数のタイヤメーカーがある中で、ブリヂストンはモータースポーツの歴史の中で欠かせない存在です。そういう意味ではもっとブリヂストンのブランド力を前面に出して「ブリヂストンと言えばレース」という存在になって欲しいですし、そのためにドライバーとして自分にできることもあると思っています。僕は自分のS2000でタイムアタックをしていますが、おそらくメーカー直属のGT500ドライバーで、しかも個人的な所有車でタイムアタックに行くドライバーは僕ぐらいしかいません。多分、これまでもいなかったと思いますが、それぐらいクルマの楽しさを広め、モータースポーツを盛り上げたいという気持ちはあるので、ブリヂストンと一緒にレースやクルマの楽しさを伝えていきたい。その上でレースと言えばタイヤ、タイヤと言えばブリヂストンと皆が認めてくれるようにしたいと思います。
――大湯選手と言えばそのタイムアタックが話題ですが、タイムアタックの醍醐味って何でしょう?
大湯:こう言っていいかどうか分かりませんが、僕は勝ち負けとか、あまり結果って好きじゃないんですよ。自分がレーサーとしていちばん大切にしているものって、クルマの速さの限界を追求することなんです。1周のタイムアタックもそうですし、予選で1周に賭けなければいけない、その100パーセントを出し切ることに魅力を感じるんです。まあ、100パーセント出し切れることってなかなかないんですけれど、何ならクルマの限界以上までポテンシャルを引き出すことに、僕は全力を注いているんです。これを言うと「レーシングドライバーとして、それではダメだ」と言われることもありますが、1位でなくとも、2位争いでも3位争いでも「スゲエッ!」って言われるような走りをしたい。すべてが重ならないと1位という結果にはなりませんが、たままた状況がピタリと重なってぶっちぎっちゃうレースよりも、例えば自分より1秒速い相手を抑え切っての8位の方がすごく嬉しい。どんな状況でも出し切る走りにこだわって、僕はそれを極めていきたい。
大きく体制変更して新シーズンに挑むARTA。#8 ARTA MUGEN NSX-GTも順調に仕上がりつつあるようです。速さと経験を持ち合わせた野尻選手と、速さにこだわる大湯選手のコンビネーションで、どんな走りを、レースを見せてくれるか今から楽しみです。もちろん我々ブリヂストンも、チームと共にその足元を支えて参ります。#8 ARTA MUGEN NSX-GTの活躍にご期待ください。