実走テストと言っても、カッコいいパターンのタイヤが出来上がっているわけではありません。ブリヂストンカラーのトランスポーターに積載されてくるタイヤはすべてスリックタイヤ。スリックタイヤとはフォーミュラカーやSUPER GTでおなじみのパターンのない一見ツルツルのタイヤです。しかもサイドウォールと呼んでいるタイヤ側面には"BRIDGESTONE"や"POTENZA"の表記もなく、さりげなくタイヤサイズだけが刻印されています。
一般的には溝のないスリックライクなタイヤは危険なイメージがあるでしょう。確かに水はけには弱くハイドロプレーニング現象が発生する次元が低くなります。逆に利点もあります。溝がないことにより、タイヤと路面の接地面積が大きくなります。さらに一つ一つのブロックがなくなることにより、タイヤにストレスがかかったときのヨレが減少し、剛性が上がります。つまりドライ路面ではスリックタイヤのメリットが増大するということになります。グリップ力も上がり、オンザレール感もすこぶるよくなります。という理由から、モータースポーツの上位カテゴリーでは、路面が乾いているときはスリックタイヤ、路面が濡れているときは溝付きのウェットタイヤを使い分け、路面状況に合わせた最大のパフォーマンスを発生させることを目指しているのです。逆に一般道では、晴れ、雨、段差、土埃、熱い、寒い...などなど、様々なコンディションを受け入れる必要があるので、溝付きのタイヤが世界標準になっています。
ミーティングでその日に行うテストの打ち合わせをします。少なくても6セット、多いときは20セットのタイヤを評価します。テスト用に用意された車両にメカニックがスリックタイヤを装着します。その目的により周回数は変動しますが、1周目はウォームアップ、2周目がアタック1、3周目がアタック2、4周目がクールダウン、という流れが標準的です。場合によっては20周連続で走ることもあります。
ピットロードではテストを安全確実に行うため、右足でアクセル、左足でブレーキを踏み、制動力チェックをしながら移動します。ピットアウト直後にはアクセル全開でフルパワーをかけ、タイヤが冷えているときのトラクションを確認します。その後すぐにアンダーステア→オーバーステアが瞬時に出るような操作を左右で行い、4つのタイヤの皮むきと冷えているタイヤの横グリップを感じ取ることを同時に行います。ピットアウトしてから500メートル後には全開アタックに入ります。計測ラインを迎える前のこのシーンで"タイヤのウォームアップ性能"をしっかり記憶します。
アタック1周目はほんのちょっとだけ、限界を超えるように走ります。「今回のテストタイヤは前回のテストタイヤより性能が高いかもしれない...」そう思うことが大事です。その考え方が、新たなテストタイヤの性能を引き出し、限界を超えることにより現れる"車両の挙動"が"タイヤの評価"になるからです。第1コーナーでのブレーキペダルを蹴り飛ばすように踏んだときの減速の度合い、ステアリングを切り始めたときのフロントアウト側のタイヤのストレスの度合い、ステアリングを切り増したときのフロントイン側のタイヤの方向性の度合い、クリッピングポイント付近での前後タイヤのグリップバランス、アクセルオン時のリヤタイヤの路面への蹴り出し度合い、リヤ荷重時のフロントタイヤの抵抗とオンザレール度合い...などなど。これを与えられた周回数こなしピットインします。レイアウトにもよりますが、ひとつのコーナーにいる時間は平均して2秒~3秒。この間に起きている現象を詳細かつ素直に捉え、タイヤエンジニアにしっかりと伝達します。
スリックタイヤの形状はパッと見たところ同じ。でもタイヤを生産するときの釜の形状や構造体の素材、編み方などでタイヤの性能が大きく変化することがあります。実走基礎開発と言えるこの段階の評価は、将来発売されるタイヤの行く末を担う大事な時間。テストドライバーとして、自分自身の脳やカラダが常に研ぎ澄まされていられるよう、前述のようにコンディションを整えてサーキットに向かいます。タイヤ開発実走テストはまだ始まったばかりです。
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