ところで、タイヤはどんな素材からできているのでしょうか。パッと見た限り、黒いドーナツのような形状をしています。ご存知のとおり、ゴムが多く使われています。素材のメインはゴムですが、上部にのしかかるクルマの重量に耐え、雨風気温などの条件に合わせ、フレッシュさを保ちながら高いグリップを出し続けるために構造材や配合剤が数多く含まれています。(詳細はこちらを→タイヤのキホン) 

タイヤ開発中期ではゴムや配合材のチューニングと主溝の位置決定を行います。与えられた使命を担うべく、タイヤを強くします。無限大の組み合わせのなか、タイヤ開発エンジニアの粋を結集したテストタイヤで実走テストを行います。開発初期に行う構造や形状のテストはそれぞれの違いを感じ取ることが難しく、奥の深い専門的な感受性と表現力が必要です。開発中期のゴム系のテストはそれぞれの違いが出やすく、タイヤエンジニアに対するレポートもある意味伝えやすい内容となります。

「ブレーキがとてもよく効き、クリッピングポイント付近で操舵がよく効く。トラクションがよく、アクセルオンを早くできる。」...とても優秀なタイヤであることが想像できます。しかしここに落とし穴があります。性能の高いタイヤ用ゴム素材はブリヂストンという大きなタンスの引き出しに数えきれないほど存在しています。グリップの高いタイヤは路面に張り付く力が強くなります。張り付く力が強ければ強いほど、クルマは安定性が高まり、さらには動くことすら嫌がるようになります。そこでドライバーが大きなアクションでクルマを走らせると...タイヤは悲鳴を上げ、負荷が一気にのしかかります。負荷が増えるとタイヤは、路面との接地面において、自らの身を粉にしながら、自らのパフォーマンスを引き出します。そう、タイヤが摩耗するのです。摩耗につながる一歩手前でパフォーマンスが低下した状態を、スポーツ走行の領域では"タレ"と呼ぶこともあります。負荷に耐えられず、熱を持ったタイヤが初期のオーバーヒート状態になり、時差のあるダルなハンドリング特性になります。このときタイヤはすでに構造体と路面接地部位との間でネジレやズレが発生しています。サーキット走行中、このタレの量次第では6キロほどのコースで最大3秒ほどラップタイムが長くなることもあります。こうなると、そのゴムを選択することが大きな間違いになってしまうのです。たった2ラップテストであっても、「このスペックのタイヤで連続走行したときにどう変化していくのだろうか...」ということを常に想像しつつ、グリップ変化の経緯を感じ取ります。ポジティブなところに着目しつつ、ネガティブなところも逃さない冷静さが必要となり、それらをコメントとしてタイヤエンジニアに伝えます。タイヤのゴムは一般論として、柔らかいほうがグリップは高いがゴム自ら動いたり分断されやすく、硬いほうがグリップは低いが自らは動きにくく分断されにくい。しかし天候や季節など走る環境や耐久力も考慮すると柔らかい硬いだけではなく、"強いタイヤ"でなければなりません。ゴム評価は比較的わかりやすい反面、決断に勇気が必要です。

ゴムの物性評価がある一定の範囲に収まってきたところで、"主溝"テストに移行します。"主溝"とは、タイヤを縦方向に連続して一周するタテ溝のことです。一般的なタイヤにはこの主溝が2本から4本入っています。この主溝は排水に対して大きく威力を発揮します。また直進安定性にも貢献します。水たまりにクルマが進入したとき、タテ溝はタイヤの幅のなかで水を運ぶ"水道管"の役割をします。タテ溝が太いタイヤほどこの水道管の意味合いは大きく、ハイドロプレーニング現象が起きにくくなり、雨の日の安全性を高めます。直進安定性はドライ、ウェット問わず効果があります。主溝の接地面の90°のカドである"崖っぷち"の部分が路面の石粒の間に入り込み、石粒の側面に引っかかることによって、タイヤの向かっている方に進もうとする力に影響が出ます。まっすぐな道での安定性はもちろん、操舵初期つまりステアリングの切り始めにもクルマの動きに変化があらわれます。タテ溝はレスポンスアップの効果も出ますが、タテ溝が多すぎると路面と接地するゴムの先端から根本にかけてグラつきやすくなりレスポンスダウンにもつながることもあります。

この主溝の「幅、深さ、位置、本数」はクルマのハンドリング特性にさまざまな影響を与えます。新しいモデルのタイヤをつくるとき、この主溝のテストを必ず行います。これもまた組み合わせは無限大。溝幅10mm深さ3mmに対し、幅5mm深さ6mmは、どちらのハンドリング特性がよいのか...運転しているドライバーの印象から限界走行のラップタイム、そして摩耗やタレの発生状況まで、テストにテストを重ねます。場合によってはサーキットテストをしているかたわらで、タイヤエンジニアがペンでスリックタイヤにマーキングを施し、グルービングマシンで新たに主溝を彫り込むこともあります。現場での新たな発想がタイヤ開発にダイレクトにつながることもあります。数十種類の組み合わせを試し、ドライバー、タイヤ、そしてクルマの動きが一体化したとき、ハイレベルなハンドリング性能と安全性の両面を併せ持ったタイヤのベースが出来上がります。

開発初期に行った構造・形状に合わせたゴム・主溝を決定したことで、動物で表現するところの骨格や筋肉、背格好が決まってきました。次のステップではタイヤらしい顔になります。

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