クルマに装着された状態でタイヤを横から見ると、タイヤは単に黒くてドーナツ型をした物体です。しかしその接地面の表情は様々。タテ、ヨコ、ナナメのラインが無数に入っています。タイヤ開発中期ではタテのラインである主溝を決定しました。その主溝に対して、ヨコ方向やナナメ方向にラインを追加していきます。ではなぜ複雑なラインが必要なのでしょうか。その答えは、"あらゆる路面や環境に対応するため"と言えるでしょう。常に路面をしっかり捉える必要のあるタイヤはとてつもなく寛容な能力が求められます。例えば人間であれば、その日の天候によりシューズを履き替えることができます。熱い日はサンダルで、寒い日はブーツで、山登りにはトレッキングシューズで、走るときはランニングシューズで、雨の日は長靴で...家にはシューズクロークがありシチュエーションに合わせて履き替えることができますが、なかなかそうはいかないのがタイヤです。確実に降雪があるとわかっている地域では通称"冬タイヤ"と呼ばれるスタッドレスタイヤなどを冬季のみ装着することがあります。降雪のあまりない地域では通称"夏タイヤ"と呼ばれるタイヤを装着します。夏タイヤはほとんどのクルマの標準装着タイヤにもなっています。

しかし環境側であるいわゆる「天気」はいつでも変動します。気温がマイナスになることもあれば、40℃を超えることもあります。カンカン照りのときもあれば、滝のような豪雨のときもあります。一般道は舗装されていますが、砂利道や泥道も走れなければユーザーのニーズに応えることはできません。そこでパターンが必要になるのです。パターンにより、環境に対する順応性が変化します。さらに乗り心地や騒音などにも影響を与えます。この"パターン作り"に対し、私は強いこだわりを持っています。タイヤにかかる荷重が大きくなるにつれ、このパターンによるハンドリング性能に違いが出るからです。

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パターンのなかのひとつひとつのピースを"ブロック"と呼びます。このブロックの形は様々です。四角、三角はもちろん、多角形であったり、弧を描いていたりするものもあります。大きな目的は"水ハケ"です。主溝で受け止めた雨水をタイヤの外側に逃がすための"道"をつくったり、主溝だけではハケ切れない雨水を受け止めてくれる"谷"や"洞穴"をつくったりもします。タイヤと路面との間の水の膜を極力排除することにより、タイヤのゴムがアスファルトの石粒をしっかり捉えることができます。ブロックの頂点である「山」と、ブロックの裾を這う「谷」の関係はとても重要です。山が多くなると谷が減ります。谷が多くなると山が減ります。同じタイヤサイズのなかで、この山谷がせめぎ合います。
オールウェザータイヤやスタッドレスタイヤは比較的小さくて高い山が多くなり、深くて細い谷が見てとれます。この場合、路面とタイヤの接地面積は減少しますが、柔軟な山のひとつひとつが適度に動き、摩擦抵抗の低い路面に対するグリップ力が増加し、クルマの安定度が向上します。ドライ路面重視のハイパフォーマンスタイヤは台地のような山が増え、谷は少なくなります。路面とタイヤの接地面積が増加し、剛性が高くて広い山がゆるみや隙間なく踏ん張り、フラットで安定した摩擦抵抗の高い路面に対するグリップ力が増加し、クルマの安定度が向上します。

山や谷の比率やタテ、ヨコ、ナナメなどの配置でタイヤの特性が大きく変化することから、その目的に合致したタイヤを造り込むテストを繰り返します。サーキットテストにおいては、コーナー進入時であるブレーキングからクリッピングポイント、そして立ち上がって直線になるまでのクルマの動きを的確にタイヤエンジニアに伝えます。ひとつのコーナーを8分割して表現します。例えば、「SET2のタイヤは、SET1のタイヤと比べて、第1コーナーの8分の2と3はオンザレール感が強いが、8分の5と6ではフロントの内側のタイヤの接地が薄く、操舵角に対してアウト側にズレていく」など、場面場面で起こっている現象を伝えます。テスト車両にはデータロガーやカメラを取り付けられ、走行後にドライバーコメントと数値的データの整合を図ります。パターンテストは無限大。タイヤエンジニアの腕の見せ所です。     

ひとつどうしても不可能なことがあります。それは「走行中のクルマのタイヤが路面との接地面でどのような顔になっているのかを確認すること」です。タイヤは黒い、アスファルトもグレー。ゴムと石の接地面で何が起こっているのか、誰も見ることはできません。タイヤは喜んでグリップしているのか、辛い顔をしていないか、嫌がっていないか。タイヤの気持ちを想像しつつ、時にはサーキットを一日100周以上走り続けます。1mmの違いからクルマの動きが変わり、そのクルマがいい動きになったとき4つのタイヤのバランスが取れます。生産するときは1本ずつ。でもクルマに装着するときは4本同時。クルマが走行している限り、4本のタイヤそれぞれがバランスを取りながら、一台のクルマの安定性を向上させているまるで四肢動物の足の裏。とても大事な部位です。こうして様々なパターンテストを経て、最終スペックが決定します。ドライバーが"気持ちいい!"と感じるタイヤができました。