15-1.jpgボクをはじめとするレーシングドライバーも実はそうなんだ。タイヤの性能を完璧に引き出すための運転を心がけ、マシンもタイヤの性能がすべて発揮されるようなチューニング、セッティングを目指してるんだ。よく「セッティングが決まらない」っていうでしょ? あれは言い換えれば「タイヤの性能がまだ100%発揮できない段階」っていう意味。まだ80%とか90%ぐらいなんだね。モータースポーツの世界におけるタイヤって、実はすごく重要なファクターなんだ。そうそう、普段の街中での運転では、タイヤの性能のせいぜい20~30%程度しか使ってないって知ってた?

 どんなにドライビングが上手くったって、どんなに最高のマシンだって、タイヤの性能が劣っていたらまず勝てない。逆に極上のマシンとタイヤでも、ドライビングのレベルが低かったら負けてしまう。勝つためにはドライビングの技術が問われるし、それはタイヤの使い方の技術を求められてるってことなんだ。

 前回の荷重のコーナーでも話したように、クルマの傾きをステアリング、アクセル、ブレーキそれぞれを使ってドライバーが調節する。つまり荷重調整はドライバーがコントロールし、結局はタイヤがどれぐらい路面に押しつけられてるかってことなんだ。もちろんいつも目一杯押しつければいいってわけじゃなく、例えば第9回の『ブレーキング』で、クリッピングポイントに向かう時は徐々にブレーキを踏む力を弱めていくって説明したように、タイヤの角度やその時のスピード、路面状況など様々な条件に適した荷重があるわけだ。その時に応じたタイヤの角度(ステアリングの切れ角)、アクセルの踏み具合ってのもある。荷重移動のコーナーで説明したようにフルブレーキングの時にステアリングを切っても曲がらないし、コーナー脱出時に一気にアクセル踏んでもタイヤが空転するとかね。

 さらに雨が降ったり気温が低く路面がスリッピーだったり、真夏の炎天下で路面温度の上がり過ぎでタイヤのグリップが低下したりと、路面とタイヤそのものの状況の変化に合わせてドライビングも変えていかなきゃならないんだ。

タイヤが路面に接している面積はタイヤ1本につきハガキ1枚分程度の広さでしかないんだ。たったそれだけの面積なのに、1トンぐらいの鉄の塊(一部アルミの塊もあり)が0~300キロぐらいのスピードで移動するのをコントロールしちゃうんだ! これは本当にすごいことだと思わないかい? もっともレーシングマシンの場合はタイヤがでっかいから、ハガキよりはもうちょっと大きいけどね(笑)。

 このたったこれだけの面積から「グリップの低下」とか「ブレーキの踏み過ぎ」とかの情報が発信される。そしてそれがサスペンションからボディに伝わって、ペダル、ステアリング、シートなど直接触れてる部分を通してドライバーが瞬時に感じ取る。ドライバーはその情報を元に「じゃあ、もうちょっとブレーキを踏む力を抜こう」とか「ステアリングをもう少し戻そう」っていうふうにドライビングを変化させていくんだ。

 ボクたちレーシングドライバーはバトル中の駆け引きは抜きにして、純粋にタイムを出す時って、タイヤのグリップに目一杯集中して走ってるんだ。常に「まだ踏める」「ちょっと切り過ぎた」ってね。五感のすべてを働かせてタイヤからのインフォメーションを感じ取り、それに応えて操作する。これはまさにタイヤとの会話、コミュニケーションだよね!

 実はスポーツドライビングって、人と人とのコミュニケーションにとっても似てるんだ。雨が降ったらちょっとブルーになる人っているよね。たっぷり睡眠取ったら調子いいよね。人は毎日気分や体調が変わるし、外的要因によってももちろん変わる。自分も変わるし相手も変わる。そんな常に変化し続けてる者同士がいい関係を保つために、いろいろとアプローチも変えていくよね。ドライビングもそれと一緒なんだよ。

 刻々と変わり続けていくタイヤやマシンと最高の関係-例えば運転を楽しんだり、タイムを追及したり-を保つために、「これでいいい?」「なかなかいいよ!」って感じで会話するのさ。この会話が弾むようになった時、キミはスポーツドライビングの神髄に突入したことになるんだ。今は一方通行でうまく返事が返せなかったり、話かけられなかったりするかもしれないけど、いつかはきっと最高のパートナーシップを結ぶことができるはずだよ。

 さあ、キミも明日からパートナーに話かけてごらん。「これでいいかい?」ってね!!


 さて、山野哲也がお送りする「山野哲也のEnjoy!スポーツドライビング」はこれでおしまい。一年間このページを見てくれて本当にありがとう。21世紀はさらにエキサイティングな活動をするからね。サーキットで見かけたら気軽に声をかけてね。みんな、応援よろしく!